骨盤のはなし

最近、骨盤のズレを気にして来院される方が増えています。「骨盤」が流行りのようで、ちまたでは骨盤ダイエットや骨盤矯正という言葉もよく耳にします。今回は骨盤についてお話ししたいと思います。

骨盤はズレない

骨盤は、仙骨、尾骨そして左右2つの寛骨から構成されています(図1)。これら4つの骨が関節でつながって、ひとつの骨盤となるわけですが、この関節面が文字通り「ズレ」てしまい、骨盤に歪みが生じる、と皆さん思われているようです。腰痛で当院にみえた方の中には、ご自身の腰の状態を「骨盤がズレているので、元通りにハメて欲しい」、と表現される方もいらっしゃいました。

骨盤の構造。いくつかの骨のパーツがしっかりとつながっている。

骨盤を形作る主な関節は、仙骨と寛骨をつなぐ左右の仙腸関節と寛骨同士をつなぐ恥骨結合です。これらの関節は、強靭な靭帯や筋肉で補強されていて、実はさほど動きません。例外は妊婦さんで、出産時に赤ちゃんが産道を通りやすいように骨盤の関節がゆるみ、その動きは大きくなりますが、これは正常な変化です。実質的には、骨盤の関節がズレてしまうということは、殆どないことです。

ところが、ズレを気にしている方の骨盤をみると、実際に高さが右と左で違ったり、片側が反対側と比べて前に出ていたりします。やっぱりズレているのでしょうか? いいえ、そうではありません。先ほど、骨盤の関節はほとんど動かないと説明しましたが、骨盤につながる背骨と股関節は違います。特に、股関節は最もよく動く関節のひとつです。この背骨と股関節が動くと、骨盤全体が前後、左右、上下に移動します。つまり、骨盤がひとつの塊として、回転したり傾いたりすることで、捻れが生じるのです。それが、あたかも骨盤の関節がズレているように見せかけています。

頭の位置と骨盤の関係

それでは、なぜ骨盤全体が捻れてしまわなければならないのでしょうか? その原因は様々なのですが、最も重要な原因が頭の位置です。頭には目や三半規管が備わっていて、そこから得られる情報によって、自分が空間の中でどのような位置にいるのかを判断します。正しい情報を得るために、脳は常に頭が真っ直ぐな位置になるように反射的に身体を調節しています。実際の姿勢調節のメカニズムは非常に複雑なのですが、その目的はシンプルで、頭を真っ直ぐ維持して、転倒してしまわないようにすることです。

例えば、頭が後方に倒れていると脳が判断すると、後ろに転ばないように、身体の前側の筋肉を緊張させて、真っ直ぐな位置へ頭を起こします。頭が前方に倒れたら、逆の反応が起こります。

下の図を見てください。頭が重心より後ろに行くと、脳は身体の前側の筋肉(腹筋など)を緊張させて、頭を起こし重心を安定させようとします(図2のA)。反対に頭が前方にあると脳が判断した場合には、後ろ側の筋肉(背筋など)を緊張させて、バランスをとります(図2のB)。

つまり、頭の位置を安定させるために、よく動く背骨や股関節を使ってバランスをとり、その代償として骨盤の位置が変化しているのです。図2のAでは、前側の筋肉が緊張して、背中は丸まり、腹筋が骨盤を引っ張り上げるので、骨盤は前方にスライドし後ろに傾きます。Bでは、後ろ側の筋肉が緊張して背骨(腰椎)が反り返り、骨盤は後ろ側が引っ張り上げられて前方に傾いています。

骨盤と姿勢の関係。頭の位置が大切です。

この図は分かりやすいように単純化した例ですが、実際の頭部は、前後、左右、回転の傾きが組み合わさり、複雑に変位してバランスをとろうとします。日常生活の姿勢やクセなど、何らかの要因で正しい頭の位置が変わってしまう生活が続くと、下の図のようにそれをかばう姿勢になってしまいます。それが身体の骨や筋肉への負担となって、痛みなどの症状や身体の歪みが生じるというわけです。

骨盤とダイエット

さて、ダイエットという観点で骨盤をみると、見た目の影響が一番大きくなります。図2のAでは、背中も丸まり骨盤が前に突き出て、お年寄りのような姿勢になり、身体、特に下半身が沈んで重たそうな見た目になります。Bでは、お尻が突き出ると同時に、腹筋が緩むので、お腹も出てしまいます。

「骨盤の状態=体重の増減」ではなく、スマートに見えるかどうかの問題なのです。脂肪を燃焼させて痩せる本当の意味でのダイエットには、食事、運動などの規則正しい生活習慣が必要になります。

骨盤のゆがみ(位置)を正すことは大切なことですが、ゴムバンドを巻くだけのダイエット法では、一時的にむくみが取れることはあっても、痩せることはありません。また、頭部を含めた身体全体のことを考えない骨盤矯正では、骨盤はまたすぐに元の位置に戻ってしまいます。

骨盤矯正はいらない?

では、骨盤矯正は全く必要ないのかというと、そうではありません。どんな関節にも柔軟性が不可欠です。さほど動かない骨盤の関節も例外ではありません。長期間骨盤が悪い位置にあれば、恥骨結合や仙腸関節にストレスがかかり、やがて柔軟性が損なわれてしまいます。

まずは、頭部の位置を安定させて、身体全体のバランスを改善させる。そのうえで、骨盤の関節の柔軟性に問題があれば、それを調整する必要があるでしょう。ですが、元々動きの少ない骨盤ですから、それをむやみに大きく捻ったり、ボキッとしたりするような矯正は必要ないと当院では考えています。

また、出産後は緩んだ骨盤が元に戻っていきますが、その際に骨盤の位置が良くない状態にあれば、その状態のまま固定されていく場合があります。それは見た目だけではなく、後々の身体の不調につながる可能性がありますので、早めのケアが大切です。